
夜が長い季節となりました。
静かな闇に包まれて目を閉じると、ゆっくりと海の底へと沈んでゆくような感覚になります。
そんな深海のような世界が広がる季節が、二十四節気(にじゅうしせっき)の「大雪(たいせつ)」。
北国で本格的に雪が降りはじめる季節であり、1年で最も夜が長い「冬至(とうじ)の日」に向かって闇がどんどん深まっていくときです。
この時期にとり入れたいのは、体の中の深海ともいえる「腎精(じんせい)」を補う養生。老化のカギを握る存在でもある腎精の養生法を、国際中医師・国際薬膳師の筆者がご紹介していきます。
<前の節気>小雪(しょうせつ) 2025年11月22日〜12月6日
大雪は「雪が本格的に降る季節」。その雪は海から生まれる

大雪は冬の3番目の節気で、2025年は12月7日~12月21日。
その名の通り、北国や日本海側では本格的に雪が降りはじめる季節となりますが、この雪は海が大きく関係しています。
日本海に隣接するユーラシア大陸の内陸部シベリアは、この時期の平均気温が-20~-30℃。場所によっては-40℃もの極寒となります。
そのシベリアの寒気が季節風とともに日本海にやってくるのですが、大雪の時期の日本海の水温は意外と温かく、例えば新潟沿岸の12月の海水温は13℃ 前後。シベリア寒気と比べると温かい露天風呂のようです。
冬の露天風呂からはモクモクと湯けむりが立ちのぼりますが、同じように、シベリア寒気が流れ込んだ日本海では大量の水蒸気が湧き上がります。そしてその水蒸気が上空で雪雲となって、日本海側の地域で雪が降りはじめるのです。日本海側には豪雪地帯が多いですが、その雪はこのようにして冬の海から生まれているわけです。

冷え切った表層水と海底の深層水が溶け合って「母なる海」に

大雪の頃、雪を生み出している日本海の奥底では、もうひとつの大きな変化が起こっています。
シベリア寒気によって猛烈に冷やされた日本海の表層。その冷え切った表層水はとても重たくなるため、海の奥深くへと沈みはじめます。
沈み込んで行き着く先は深海であり、そこには栄養濃度が高い深層水が静かに眠っています。
その深海に表層水が沈み込むことで対流が起こり、海の中で深層水と表層水が混ざり合うのです。
表層水は酸素が豊富なので、その酸素が深海まで届き、そして深層水の豊富な栄養が表層近くまで届く。
深海がかき混ぜられることによって海全体の生命力が高まり、豊かになっていきます。
そしてその豊かになった海が、春になるとたくさんの魚たちを育む“生命の泉”に。
まさしく「母なる海」となるわけです。
海は「産み」にもつながるといわれたりしますが、その通りですね。
一見荒々しい冬の海ですが、その奥深くでは、春に向かって新しい命を生み出す力が育まれているのです。
大雪は「体の中の深海=腎精(じんせい)」を補う季節

深海の水が表層の海を豊かにする──この自然現象と同じような変化が、この時期の私たちの体の中でも起こっています。
私たちの体の中にある海、それは五臓の「腎(じん)」。東洋医学で体全体の“生命力の源”と考えられている場所で、腰に位置しています。
腰の内側、骨盤の内側には海水が満ちていて、そこに腎という海が広がっている様子を想像してみてください。
もちろん、これはイメージの話です。
腰骨の上あたりからその海に飛び込んで奥深くまで潜っていくと、やがて深海にたどり着き、栄養豊かな深層水が眠っている。
位置的にはだいたいおへその下の「丹田(たんでん)」あたりになるでしょうか。
その体の中の深海は「腎精(じんせい)」にあたります。
それは、五臓のなかで最も深い場所にある腎の、そのまた最も深い場所に蓄えられている“生命力の種”のようなもの。
冬は腎が最も働く季節であり、そのなかでも大雪は腎の深奥部にある腎精を補うのに最も適した季節なのです。
そもそも腎精にはどんな役割があるのかというと、主に次のようなものが挙げられます。
◉体全体の熱源となる「腎陽(じんよう)」と、体全体の水源となる「腎陰(じんいん)」のもと
◉体の成長・発育・生殖を促進する
◉「気(き=エネルギー)」や「血(けつ≒血液)」のもととなる
◉腎精から「髄(ずい)」が生まれ、髄が骨を生んで丈夫にする
◉腎精から生まれる髄が脳を充実させ、思考力・精神活動・記憶力を支える
◉腎精の充実度は髪のつやや量、歯の状態、聴力などに現れる
腎精を養うのに最も適したこの時期に不摂生をすると、腎精不足に陥りやすくなります。すると冷えや乾燥が強くなったり、骨が弱くなって足腰に不調が現れたり、物忘れ、耳鳴り、聴力の低下、白髪、脱毛、歯のぐらつきなども多く見られるように。これらはひと言でいえば「老化現象」。つまり、腎精が不足すると老化現象が現れやすくなり、腎精を補う養生は老化を抑える養生になるということなのです。
大雪の養生:腎精を補う一番の養生は「静かな夜を過ごすこと」

1年で一番夜が長いのは冬至の日(2025年は12月22日)ですが、その日以降は徐々に夜が短くなり昼が長くなりはじめます。そのため冬至(2025年12月22日~2026年1月4日)は世界のさまざまな文化で「太陽が復活するとき」とされており、クリスマスをはじめ世界各地で冬至を祝うお祭りが催されます。冬至は“明るさをとり戻す季節”なのです。
つまり、そのひとつ前の節気である大雪こそが1年で最も暗く闇が深まってゆく節気。体の最も奥深くに蓄えられている腎精にも、アクセスしやすい季節です。
体の中の“深海”にあたる腎精は、暗く静かな時間に養われるもの。
深海のような静寂によって、腎精は満ちるのです。
そのため、夜の長さが極まってくる大雪の時期は、夜を静かに過ごすことが最も重要な養生に。そのためにはなにか特別なことをするのではなく、次のように「夜になったらしないこと」「スローダウンすること」を意識してみましょう。
◉SNSやニュースを見ない
SNSやニュースは情報が過剰になりがちで、精神を興奮させ、脳の酷使を招きます。東洋医学では、脳を満たす髄は腎精から生まれると考えられているので、脳を酷使すると腎精の消耗につながります。夜はできるだけスマホやPCから距離を置き、情報の洪水を浴びないようにしてください。
◉明るい光を浴びない
日本の夜の照明は明るすぎるとよくいわれます。明るすぎる照明は交感神経を興奮させて不眠などの原因にもなるので、夜になったら照度を落とし、暖炉の明かりのような暖色系の光に調節しましょう。天井照明などの直接光を当てる照明よりも、フロアランプなどの間接照明で部屋をやわらかく灯すのがおすすめです。
◉会話を少なくする
にぎやかな会話は楽しいものですが、この時期は夜になったら会話よりも静かな時間を楽しんでみませんか。静かな夜が続く大雪の季節と調和するように過ごすことで、腎精が体の中で養われていきます。電話やLINEなどを使った夜のコミュニケーションも、いつもより控えめが◯。
◉ゆっくりと動作する
立つ、座る、歩く、ものを持ち運び置く⋯⋯そうした日常の動作を、夜になったらいつもの0.7倍速ぐらいゆっくりにしてみましょう。ゆっくり動くと自然と呼吸が深くなり、気が下に沈み、腎の位置(腰の奥)へエネルギーが戻りやすくなって、腎精が回復しやすくなります。
入眠前の1~2時間前にこうした“静の時間”を過ごすことで、睡眠中に腎精がよく蓄えられるようになります。
忘年会シーズンでもありますが、大騒ぎするのはほどほどで。大雪の深く静かな夜に身をゆだね、体の内側の深海を満たしていくことは、若々しさを守る底力となります。
参考文献:国立天文台HP 暦計算室 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/
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